『映画は生きものの記録である』 ニュース(3)
●試写会は満員の盛況
3月22日(木)午後1時より2回目の試写会が映画美学校学校で行われ、全席を埋め尽くす満員の盛況だった。マスコミ関係、批評家、映画監督にカメラマン、それに世代的には年配者から若い世代まで、一渡り横断する客層に、宣伝担当の原田さん「ぐぐっと手応えを感じる」と歓びの一声。上映後、藤原監督は取材を受ける。
ところで、ホームページ「恋するアジア」の管理人である春田実さんもご覧になったひとり。さっそく下記の批評をいただいた。 (伏屋)
●見ないと一生の不覚になる作品 春田実
ドキュメンタリー『映画は生きものの記録である』を見た。すばらしい作品であった。作っている人に知人は多いが、えこ贔屓ではない 。この作品は「愛」を語っている。かつて土本作品は左翼系の文脈で語られた。解説、評論、ほとんど、そうであった。ワシはそれに違和感を覚えていた。確かに被害者が苦吟するシーンや、家族が会社側に詰め寄るシーンなどを見ていると、そんな感じはする。被害者は資本側に殺されている式の図式に見えてくる。しかしちょっと違うのでは、とワシは感じていた。土本作品は人にぐっと寄っている。寄り過ぎて、そういう図式からハミ出るところがある。そのハミ出す部分がワシには魅力だった。が、当時、その辺を語る論者は少なく、ワシも若かったので、世の風潮に逆らう論理は持ち合わせていず、周囲への違和感は違和感のまま残っていた。で、本日、本ドキュメンタリーを見て、やはり、土本作品は、左翼という枠の中でとらえるべきものでないことを確認した。漁師は太古から変わらぬ生活をしてきた。それは水俣病ごときで消滅するものではない。そういう漁師の生活への、都会人の驚愕と憧憬が、土本作品の核にはある。音楽が重すぎるのがこの作品の唯一の欠点だが、土本氏は、惚れ惚れする言葉を、たくさん語っている。見ないと一生の不覚になる作品である。


