■5月9日(水)出版への準備
土本さん宅にて、第2回目の複写作業。今回はカット表や台本、上映チラシや自筆原稿といった紙資料のコピーである。莫大かつ緻密な資料をお借りして1点1点収めていく行為は、単純作業とはいえ「格闘」に近いものがあるのだが、先を急ぐ必要があるのは分かっていても、思わず手を止めて、眺めてしまう時がある。
山村工作隊に連座し八王子刑務所に収監されていた時の、びっしりと書き込まれたノート。「一点の曇りもない」という言葉がふさわしい『偲ぶ、中野重治』の制作費報告書。生々しい肉筆に、つい記された時の状況をあれこれ想起してみたくなる。これらのリアルな資料は、映画で語られる言葉とはまた違った角度で、映像作家・土本典昭の遍歴に光を当てるだろう。できる限り、本の中でご紹介できればと思っている。(佐藤寛朗)
■5月10日(木)イベント「君は土本典昭を知っているか?」
「私ほど、自分の作品の上映に立ち会った監督はいない」と土本典昭監督は雑誌「リュミエール」の蓮實重彦氏によるインタビューで応えていたのを覚えています。(引用が不確か部分はご容赦ください)そのインタビューでは、インディアンの居留地でも上映を行ったと話されていました。映画監督が自作の上映に観客と一緒に立ち会う時の心境というのは、どういうものなのでしょうか。映画をつくったことのない者にはなかなか想像できないものです。
映画『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』の公開と書籍「土本典昭の仕事 ある記録映画作家の軌跡」の出版を記念して開催されたイベント「君は土本典昭を知っているか?」にも、土本監督は来場し自作『水俣 患者さんとその世界』の上映にも立ち会われました。
このイベントは、『A』『Little Bird』で知られる映画プロデューサー安岡卓治さんを聞き手に『映画は生きものの〜』藤原監督と、多くの土本作品を手がけられた大津幸四郎カメラマンとの鼎談と、土本監督が本格的に水俣に向き合った『水俣 患者さんとその世界』(71年、35ミリ版)の上映を主軸に行われました。予想以上の人数と幅広い年代の方々が来場され、会場のアテネ・フランセ文化センターは熱気に包まれました。
定刻にトークイベントが始まり、ゲストの方々は壇上へ。土本監督は最後方の席につかれました。トークは『映画は生きものの〜』の撮影のために藤原監督が土本監督と訪れた2004年の水俣の話しから、大津さんの『水俣』撮影当時の貴重な逸話に。「映画を撮るということは鬼になることだ」と撮影当時、土本監督が大津さんに話されたこと。この話しで締めくくられました。そして、ふと土本監督に目をやると、いつのまにか、椅子ではなく会場の床に膝を立てて座られていました。その様子が、(今日初めてお会いしたにもかかわらず)なぜか土本監督らしく感じられ、印象に残っています。
『水俣 患者さんとその世界』上映前の土本監督からの挨拶。明るく、気持ちのよい話しっぷりで、会場の雰囲気も和みます。「この作品には、2時間版もあるのですが、私は(今日上映される)長い方(2時間47分)が好きなんです。」と土本監督。こんなおおらかな話しを伺いつつ、映画の上映へ。35ミリの鮮烈な映像と音響。まるで、いま出来上がったばかりの映画を見ているような感覚です。
映画は上映されてこそ映画である。そんな当たり前のことを考える一日となりました。(宣伝:原田)