「映画は生きものの記録である」上映日誌一覧

2007/7/9

『映画は生きものの記録である』 ニュース(10)

6月2日から29日まで渋谷ユーロスペースで行なわれた『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』の上映が終わった。幸いにも作品は好評で、見知らぬ方から好意的な感想を伝える電話や手紙をいただいた。上映後のロビーでも去りがたく寄って来られ、感想を多々いただいた。動員的には、右肩上がりだったことが嬉しい。モーニングショーのためか、平日の動員がもう少し欲しかったが、土日はイベントをしたこともあってか好評で、とりわけ土曜に3回連続で行なった主人公の土本典昭監督のトークは、声にも張りがあり、盛り上がった。なかでも6月23日の最終回(テーマは「だれでもドキュメンタリーを作れる時代だが…」)は、デジタルカメラが普及し、誰でも安価に簡便に制作できる時代だからこそ、見失ってはならない「コミュニケ―ションとしての映画」について、信念が語られた。土本さんの昂揚感が客席に伝播し、異様な感動に包まれた。これらのトークは、いずれ文字に起こしして、読んでいただこうと思う。

今後は各地の上映に移行するが、今のところ、大阪(シネ・ヌーヴォ)、名古屋(名古屋シネマテーク)は今秋、京都(京都シネマ)と金沢(シネ・モンド)は時期を検討中である。その他の地域でも、上映の胎動が感じられるのは心強い限りである。近日中にホームページに貸し出し条件を開示するので、劇場に限らず,ホール等の上映会もご検討くださるよう、お願いします。(伏屋)

2007/6/15

『映画は生きものの記録である』 ニュース(9)

開場前のユーロスペースの扉■6月2日(土)

宣伝を手がけた作品の公開日の前日(というか数日間)というのは、落ち着かないもので、何度経験しても「慣れる」ということはないような気がします。期待と不安が入り交じって、というあまりにも、ありふれた言い方しかできない高揚感を感じる一日です。パンフレットも無事完成し、手持ちでユーロスペースに納品。初日を待つばかり。

ということで公開日の朝。思ったよりよく眠れました。少しは「慣れた」のでしょうか。朝の渋谷はなぜか気持ちいいものです。人混みと喧噪が始まる前の、静かさがいいですね。
ユーロスペースに到着し、事務所へ。初日舞台挨拶に登壇していただく土本監督と奥さんの基子さん、それに藤原監督と伏屋プロデューサーも既に到着していました。簡単に段取りを打ち合わせて、上映が始まる階下に劇場に移動。
ベルがなって舞台挨拶がスタート。藤原監督、伏屋プロデューサー、土本監督の順番で挨拶いただきました。土本さんの悠々たる話しぶりが、やはり印象深い挨拶でした。満場の客席・・・とはならなかったものの、ご来場いただいた皆様ありがとうございました。

舞台挨拶と上映終了後は、打ち上げも兼ねて道玄坂の高層ビルにある和風レストランへ。ビールで乾杯。土本さんも交えていろいろな話しに花が咲きます。僕はというと、ビールを口にしたら、ドッと疲れを感じフラフラになってしまいました。「映画の宣伝に慣れた」なんて思うには十年早いと改めて感じる、一日となりました。
『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』は渋谷ユーロスペースで、6月29日まで上映です。よろしくお願いします。(宣伝担当:原田)

2007/6/1

映画は生きものの記録である ニュース(8)

パンフレット作りが本格化

ゴールデンウィークも明け、5/10のアテネ・フランセ文化センターでのイベントも終了し、公開まで一ヶ月を切ったところで、劇場で販売するパンフレット作りが最後の大仕事で残っておりました。(これも宣伝の仕事と数えるべきものなのか・・・)
パンフレットとは言っても、いろんな形態・内容のものがあります。
『映画は生きものの記録である』のパンフの編集方針は−

その1・・・読み物としておもしろいものを作る
その2・・・これまで土本さんについて書いたことがない方に執筆してもらう

というものです。
まず、内容の中核になるものとして、土本さんの岩波映画時代の盟友で、『ある機関助士』にも助監督として参加された岩佐寿弥さんと藤原監督との対談を企画(対談の模様はホームページの『映画は生きものの記録である』ニュース(6)を参照ください)。この対談の文字おこし作業が大変です。文字おこしは、宣伝を手伝ってくれている佐藤寛朗くんにお願いしました。
そして、原稿の依頼。いろいろ頭を悩ませながらも、劇作家・演出家・作家の宮沢章夫さん、映画監督・脚本家の井土紀州さん、映画祭コーディネーターの藤岡朝子さん、映画批評のクリス・フジワラさんに執筆を依頼。〆切はゴールデンウィーク明けに設定。さて、〆切まで受け取れるのか、楽しみでありながら、心配な日々です。

さてさて、(予想通り・・失礼)〆切まで原稿をいただけた方は、・・・いなかったのですが、なんとか原稿も集まりデザイン作業に突入。デザインは高木善彦さん。書籍のデザインをメインに、映画のチラシも手がけているデザイナーさんです。(諏訪敦彦監督の新作『不完全なふたり』も担当しています)大きさはB5
サイズ、ページ数は20ページ。原稿を渡し、入稿までの約一週間でデザイン作業を進めてもらうという、無理なお願い。予算も少なく、制約が多いなか、スッキリと読みやすい高木さんらしいデザインとなりました。僕は、文字校正の毎日。目がチカチカしてきます。
そして入稿(宅急便で)。今回は新潟にある印刷屋さんにお願いしました。何たって安いんです!
完成・納品は公開前日の6/1。無事、初日にはユーロスペースのカウンターに並んでいることを祈りつつ、どんな仕上がりかワクワクしています。
パンフとはいえ「本」。残るものです。できるだけ、ちゃんとしたものを作りたい。いつもそんなことを考えています。購入頂いた方のご意見お待ちしております。(宣伝担当:原田)

2007/5/15

『映画は生きものの記録である』 ニュース(7)

■5月9日(水)出版への準備

土本さん宅にて、第2回目の複写作業。今回はカット表や台本、上映チラシや自筆原稿といった紙資料のコピーである。莫大かつ緻密な資料をお借りして1点1点収めていく行為は、単純作業とはいえ「格闘」に近いものがあるのだが、先を急ぐ必要があるのは分かっていても、思わず手を止めて、眺めてしまう時がある。
山村工作隊に連座し八王子刑務所に収監されていた時の、びっしりと書き込まれたノート。「一点の曇りもない」という言葉がふさわしい『偲ぶ、中野重治』の制作費報告書。生々しい肉筆に、つい記された時の状況をあれこれ想起してみたくなる。これらのリアルな資料は、映画で語られる言葉とはまた違った角度で、映像作家・土本典昭の遍歴に光を当てるだろう。できる限り、本の中でご紹介できればと思っている。(佐藤寛朗)

■5月10日(木)イベント「君は土本典昭を知っているか?」

「私ほど、自分の作品の上映に立ち会った監督はいない」と土本典昭監督は雑誌「リュミエール」の蓮實重彦氏によるインタビューで応えていたのを覚えています。(引用が不確か部分はご容赦ください)そのインタビューでは、インディアンの居留地でも上映を行ったと話されていました。映画監督が自作の上映に観客と一緒に立ち会う時の心境というのは、どういうものなのでしょうか。映画をつくったことのない者にはなかなか想像できないものです。

映画『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』の公開と書籍「土本典昭の仕事 ある記録映画作家の軌跡」の出版を記念して開催されたイベント「君は土本典昭を知っているか?」にも、土本監督は来場し自作『水俣 患者さんとその世界』の上映にも立ち会われました。

このイベントは、『A』『Little Bird』で知られる映画プロデューサー安岡卓治さんを聞き手に『映画は生きものの〜』藤原監督と、多くの土本作品を手がけられた大津幸四郎カメラマンとの鼎談と、土本監督が本格的に水俣に向き合った『水俣 患者さんとその世界』(71年、35ミリ版)の上映を主軸に行われました。予想以上の人数と幅広い年代の方々が来場され、会場のアテネ・フランセ文化センターは熱気に包まれました。

定刻にトークイベントが始まり、ゲストの方々は壇上へ。土本監督は最後方の席につかれました。トークは『映画は生きものの〜』の撮影のために藤原監督が土本監督と訪れた2004年の水俣の話しから、大津さんの『水俣』撮影当時の貴重な逸話に。「映画を撮るということは鬼になることだ」と撮影当時、土本監督が大津さんに話されたこと。この話しで締めくくられました。そして、ふと土本監督に目をやると、いつのまにか、椅子ではなく会場の床に膝を立てて座られていました。その様子が、(今日初めてお会いしたにもかかわらず)なぜか土本監督らしく感じられ、印象に残っています。

『水俣 患者さんとその世界』上映前の土本監督からの挨拶。明るく、気持ちのよい話しっぷりで、会場の雰囲気も和みます。「この作品には、2時間版もあるのですが、私は(今日上映される)長い方(2時間47分)が好きなんです。」と土本監督。こんなおおらかな話しを伺いつつ、映画の上映へ。35ミリの鮮烈な映像と音響。まるで、いま出来上がったばかりの映画を見ているような感覚です。

映画は上映されてこそ映画である。そんな当たり前のことを考える一日となりました。(宣伝:原田)

2007/4/30

『映画は生きものの記録である』ニュース(6)

■4月23日(月)
岩佐寿弥監督をお迎えして藤原敏史との対談をユーロスペース会議室で行う。パンフに掲載する記事用である。ついでに撮影も行う(キャメラマンは加藤孝信)。岩佐作品の『眠れ蜜』(1976)はドキュメンタリーとフィクションの領域を探求した作品として話題になった。最新作はチベットで撮影したドキュメンタリー『モゥモ・テェンガ』(2002年)がある。土本監督とは岩波映画以来50年来の交流があり、土本さんを最も知悉する方だ。70歳とはとても見えない。身のこなしは若々しい。

対談は岩佐さんの熱弁で始まった。岩佐さんには土本さんに長年持ち続けてきた「問い」があったと言う。それは、土本さんと共産主義との関係であり、土本さんは共産主義を時代に対峙する思想として生きてこられた。しかし岩佐さんの考えではそれだけでは土本さんを語ることにならない、もっと奥深い資性が潜んでいて、それこそが記録映画作家としての土本を形成しているのではないか? という問いである。その核にあるものは何か?それがやっと解けたと岩佐さんは言う―「“慈悲”の心―土本典昭のいちばん深いところにある“慈悲”の心なんですよ!」。長年の胸のつかえがストンと落ちたとばかり、岩佐さんの声は弾んだ。さらに、そう気付かせたのは、『映画は生きものの記録である』を観たからだ、と岩佐さんは続ける。その後話題は、水俣の患者さんのこと、日本人の精神、ダライ・ラマにまで及んでいった―圧倒的な語りに一同聞き入るばかりだった。

対談の一部始終はパンフに収録するので、乞うご期待。

ユーロスペースの北條さんから、上映開始時間を「10時20分より」とすることを告げられる。すでに初日は6月2日に決定していたので、ずっと開始時間を待ち焦がれていたのだ。これで連休明けに増刷するチラシに日時を書き込められる。(伏屋)

■4月24日(火)
「東京・水俣病を告発する会」が季刊誌の中にチラシを同封して、全国に配布してくれることになった。心強い協力に感謝。

■4月25日(水)
渋谷のヨコシネ(現像所)にて、35ミリの予告編の初号試写。すでにDV-CAM版はポレポレ東中野で流している。ユーロスペースでは35ミリに限られるので、発注していたのだ。わずか2分の映写というものの、スタッフ、眼をこらして見つめる。果たして素晴らしい仕上がりに一同大いに満足。さっそく4本を追加発注する。(伏屋)