自然に対する人間の生き方の態度をね、大事にしようよ
映画の自由さがね、やっぱりその事を見逃すわけにはいかなかった
土本典昭
私達には土本さんがいれば、きっと大丈夫。
私自身の小ちゃな戦いの中にでさえ、
土本典昭という一本の線が、自身の位置や方向を示すのです。
だから私達は土本さんの様に、熱くなっても溶けないし悲しくっても凍らない・・・出来たてのビー玉みたいに透明な「目」で、記録する事と格闘し続けなければいけないんだ。
加藤治代 (映画『チーズとうじ虫』監督)
生活の細部に歴史を発酵させた記録映画作家・土本典昭。
いま、現代が押し流した歴史の前にたたずみ、改めて人間を問う。
鈴木志郎康 (映像作家・詩人)
驚嘆する映画だ。
土本典昭の言葉の多くが、深く耳に残った…沈黙によって映像を引き立てること、映画のキャメラの有機的な特質について…。今まで見たことのなかった『ドキュメント路上』の素晴らしい映像をこの映画で発見した。タクシー運転手たちがブレーキをテストする崇高なシーンが、フィクションの危険の臨界にあったとは。
ここにこそ、映画作家のもっとも本質的な役割がある
―「開くこと」だ。
ジャン=ピエール・リモザン (映画監督/『TOKYO EYES』『NOVO』)
こんな手法もあったのかと驚いた。斬新だった。
ドキュメンタリー映画の巨匠・土本典昭を藤原敏史監督が追いかける。見つめ、撮る、語る。
土本典昭がさらにパワーアップし、二倍になって帰ってきた。
「ドキュメンタリー映画とは何か。」 真剣勝負を挑む。娯楽を求める観客には決して媚びない。現実をひたすら見つめる。凝視する。
恐くなって僕らはつい目をそらす。それではダメだと叱咤する二人の監督がいる。カメラは怖い。〈現実〉も、僕らの怠惰な心の中も見透かす。
カメラは最強の武器だ。
鈴木邦男 (「一水会」顧問・評論家)
この作品を見終わった時、水俣を知らない、水俣と向き合わないのは日本人として恥ずかしいことだと、つくづく思いました。
熊谷博子
(映像ジャーナリスト/『三池 終わらない炭鉱の物語』『よみがえれカレーズ』/季刊「at」7号より抜粋)
「なぜ、負けたのか、なにに負けたのか」という問いがやはりこの映画にはあると思えてならない。誰も負けていないかに見える現在のあたりまえの地方の風景がそこにあって、しかし、「敗北感」が映画の後半を支配している。
宮沢章夫
(劇作家・演出家・作家)
一人の人間の中に流れ込むさまざまな記憶と記録とが作り出すグルーヴ。それを「映画」と呼んでみたくなる。
樋口泰人
(boid主宰/「high fashion」6月号より)
土本典昭のいちばん深いところにあるのは”慈悲”の心だ。
岩佐寿弥
(映画作家)
この映画は、戦後を生きてしまった大人が抱える”苦しさの在り処 をを静かに指し示しています。
本当に多くの人に見てもらいたいです。
山下由起子(元シネヴィイヴァン六本木)
自然に対する人間の生き方の態度をね、大事にしようよ
映画の自由さがね、やっぱりその事を見逃すわけにはいかなかった
土本典昭
私達には土本さんがいれば、きっと大丈夫。
私自身の小ちゃな戦いの中にでさえ、
土本典昭という一本の線が、自身の位置や方向を示すのです。
だから私達は土本さんの様に、熱くなっても溶けないし悲しくっても凍らない・・・出来たてのビー玉みたいに透明な「目」で、記録する事と格闘し続けなければいけないんだ。
加藤治代 (映画『チーズとうじ虫』監督)
生活の細部に歴史を発酵させた記録映画作家・土本典昭。
いま、現代が押し流した歴史の前にたたずみ、改めて人間を問う。
鈴木志郎康 (映像作家・詩人)
驚嘆する映画だ。
土本典昭の言葉の多くが、深く耳に残った…沈黙によって映像を引き立てること、映画のキャメラの有機的な特質について…。今まで見たことのなかった『ドキュメント路上』の素晴らしい映像をこの映画で発見した。タクシー運転手たちがブレーキをテストする崇高なシーンが、フィクションの危険の臨界にあったとは。
ここにこそ、映画作家のもっとも本質的な役割がある
―「開くこと」だ。
ジャン=ピエール・リモザン (映画監督/『TOKYO EYES』『NOVO』)
こんな手法もあったのかと驚いた。斬新だった。
ドキュメンタリー映画の巨匠・土本典昭を藤原敏史監督が追いかける。見つめ、撮る、語る。
土本典昭がさらにパワーアップし、二倍になって帰ってきた。
「ドキュメンタリー映画とは何か。」 真剣勝負を挑む。娯楽を求める観客には決して媚びない。現実をひたすら見つめる。凝視する。
恐くなって僕らはつい目をそらす。それではダメだと叱咤する二人の監督がいる。カメラは怖い。〈現実〉も、僕らの怠惰な心の中も見透かす。
カメラは最強の武器だ。
鈴木邦男 (「一水会」顧問・評論家)
この作品を見終わった時、水俣を知らない、水俣と向き合わないのは日本人として恥ずかしいことだと、つくづく思いました。
熊谷博子
(映像ジャーナリスト/『三池 終わらない炭鉱の物語』『よみがえれカレーズ』/季刊「at」7号より抜粋)
「なぜ、負けたのか、なにに負けたのか」という問いがやはりこの映画にはあると思えてならない。誰も負けていないかに見える現在のあたりまえの地方の風景がそこにあって、しかし、「敗北感」が映画の後半を支配している。
宮沢章夫
(劇作家・演出家・作家)
一人の人間の中に流れ込むさまざまな記憶と記録とが作り出すグルーヴ。それを「映画」と呼んでみたくなる。
樋口泰人
(boid主宰/「high fashion」6月号より)
土本典昭のいちばん深いところにあるのは”慈悲”の心だ。
岩佐寿弥
(映画作家)
この映画は、戦後を生きてしまった大人が抱える”苦しさの在り処 をを静かに指し示しています。
本当に多くの人に見てもらいたいです。
山下由起子(元シネヴィイヴァン六本木)