クレジット

監督/編集:藤原 敏史(ふじわら・としふみ)

1970年生まれ。早稲田大学文学部と南カリフォルニア大学で映画史と映画製作を学ぶ。映画批評、映画関係書や映画字幕の翻訳、また吉田喜重監督の助手兼通訳、ロバート・クレイマー監督の未完の企画への参加を経て、2002年に批評家として親交のあったイスラエルのアモス・ギタイ監督の劇映画『ケドマ』のメイキングを撮影し、監督デビュー。

映画作品
『INDEPENDENCE around the film KEDMA a film by Amos Gitai』(’02 ドキュメンタリー)
ぼくらはもう帰れない』(’06 劇映画 ベルリン国際映画祭フォーラム部門出品 ペサロ国際映画祭『未来の映画』最優秀賞)
『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』(’06 ドキュメンタリー)
『柵に囲まれた森』(06 ドキュメンタリー)

テレビ作品
『土本典昭 ニューヨークの旅』(’03)
『 Fragments: on Amos Gitai & ALILA 』(’04)
『ゆきゆきkて、ゆきゆきて…原一男』(’04)
その他、『WALK』(グラーツ市〈オーストリア〉現代美術館収蔵、シカゴ国際アンダーグラウンド映画祭受賞)をはじめ数本の短編ドキュメンタリー、実験ビデオがある。

撮影:加藤 孝信(かとう・たかのぶ)

1964年生まれ。1989年より小川プロに参加。1992年に解散後はフリーの撮影監督として活躍。主なドキュメンタリー作品としては、『映画の都』(’91/飯塚俊男監督)、『小さな羽音』(’93/飯塚俊男監督)、『満山紅柿』(’01 /小川紳介、彭小蓮監督)などで撮影を担当。そのほか、室賀厚監督の諸作でもみごとなルックを披露している。

監督補:今田哲史(いまだ てつし)

1976年、東京生まれ。2000年日本映画学校映像科に入学。1年次に16mm短編映画『月の裏側で会えたなら』を脚本・監督。2年次に『向かい風来るまで 〜おやじの唄〜』の現場プロデューサーを担当。日本映画学校の卒業制作として監督したハンセ病療養所を取材したドキュメンタリー映画『熊笹の遺言』が高く評価され、劇場公開を実現させる。

インタビュー:石坂健治(いしざか けんじ)

1960年東京生まれ。早稲田大学大学院で映画学を専攻。1990年より国際交流基金アセアン文化センター(現・国際交流基金芸術交流部映像出版課)で映像事業を担当し、「タイ映画祭」 「インドネシア映画祭」、最近では「アラブ映画祭」など50を超える上映会を企画運営。明治学院大学及び早稲田大学講師。共著に『芸術経営学講座?映像篇』(東海大学出版会)、『ワールド・シネマ!』(フィルムアート社)、『21世紀をめざすコリアンフィルム』(パンドラ)など。原一男『踏み越えるキャメラ』(フィルムアート社)を井土紀州と共編。

音響監督:久保田 幸雄(くぼた・ゆきお)

1932年福岡県生まれ。1957年岩波映画製作所に入社。そこで演出部の羽仁進、黒木和雄、土本典昭、小川紳介たちと出会い、1964年岩波映画を退職後はフリーの音響監督に。1978年、『サード』で毎日映画コンクール録音賞、1993年日本アカデミー賞優秀録音賞を受賞。代表作に、『日本解放戦線 三里塚の夏』(’68/小川紳介監督)、『水俣 患者さんとその世界』(’71 /土本典昭監督)、『青春の殺人者』(’76 /長谷川和彦監督)、『橋のない川』(’91 /東陽一監督)、『美しい夏キリシマ』(’03 /黒木和雄監督)、『父と暮せば』(’04 /黒木和雄監督)などがある。
本作の藤原敏史監督の劇映画『ぼくらはもう帰れない』(’06)の音響デザインも担当。また2004年には、これまで音響監督として手がけてきた仕事を総括する『聞こえてますか、映画の音』をワイズ出版より上梓した。

企画/製作:伏屋 博雄(ふせや・ひろお)

1944年岐阜市生まれ。1968年に小川プロに参加し、製作部として『三里塚』シリーズに関わる。1974年にプロデューサーに抜擢され、『どっこい!人間節』を製作。1975年以降、山形県上山市を拠点に『ニッポン国・古屋敷村』や『1000年刻みの日時計 牧野村物語』などの製作を担当する。1992年に解散後はネットワーク・フィルムズ(レーベルはビジュアルトラックス)を設立し、河瀬直美監督『風の記憶』(’95)、『杣人物語』(’98)、瀬々敬久監督『水の記憶-羽田私景』(’96)などを製作。1995年に日本映画ペンクラブより功労賞を受ける。また藤原監督の『ゆきゆきて、ゆきゆきて…原一男』も彼のプロデュース作品。また、2004年にはノンフィクション映画のたまり場「neoneo 坐」を組織し、現在は、ドキュメンタリー映画をめぐるメール・マガジン「neoneo」の編集・発行人でもある。

映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事

撮影 2003年2月~2005年2月/2006年3月完成
企画/製作 伏屋博雄
監督/編集 藤原敏史
撮影 加藤孝信
監督補 今田哲史
インタヴュー 石坂健治
音響監督 久保田幸雄
演出助手 香取勇進 佐藤寛朗
宣伝美術 鈴木一誌
協力スタッフ 北川和男 金丸裕美子 津本真理 清水浩之
機材協力 ブロードバンドテレビ
編集機材 羅針盤映画 Compass Films
音楽 ヨハン・セバスチャン・バッハ
無伴奏チェロ組曲 第5番 ハ短調
水俣ロケ
撮影 藤原敏史
協力 小崎達純 小崎キヨ子 木下レイ子 緒方正人
佐々木清登 杉本栄子 時枝俊江 鈴木一誌
鈴木文枝 平野美和子 「ほっとはうす」のみなさん
機材協力 水俣病センター 相思社
土本典昭監督作品抜粋
『ある機関助士』 1963年 企画:日本国有鉄道
製作:岩波映画 提供:岩波映像
『ドキュメント路上』 1964 年 企画・製作:東洋シネマ
提供:映画同人シネ・アソシエ
『水俣 患者さんとその世界』 1971年 製作:東プロダクション 提供:青林舎
『医学としての水俣病三部作』 1974年 製作:青林舎 提供:青林舎
『不知火海』 1975年 製作:青林舎 提供:青林舎
ビデオ=フィルム変換/現像 ヨコシネディーアイエー 進藤聖毅
タイミング 横尾直樹
ダビング 協映スタジオ 田辺信道
ミキシング 山縣良一
協力 大津幸四郎 高木隆太郎 土本基子 浅沼幸一
森達也 水野祥子 小西晴子 旭正嗣
小関和弘 岡田秀則 菱川育子 大崎由香子
Simon Stockhausen Barre Phillips Arturo Ripstein
Paz Alicia Graciadiego Errol Morris Amos Gitai
Hartmut Bitomsky 映画同人「シネ・アソシエ」