監督・プロデューサーの言葉

製作にあたって 伏屋博雄

土本典昭監督の映画歴は50年に及ぶ。
その長い歳月には、東京オリンピック前夜の交通事情を描いた作品に始まり、水俣の17数本の作品を軸に、70年代初頭の学生運動や原発に眼を凝らした作品、さらにオホーツクやアフガンといった海外に材を求めた作品等がある。いずれも、時代の只中で、「何を撮り、いかに生きるべきか?」を監督自身、必死に考え抜いた証であり、軌跡でもある。

私は土本監督と親しく交流させていただいてから、かれこれ30数年になる。映画はもとより、時機に出版された著作の数々、直接にお聞きする言葉から、私はいつも大きな「希望」と「勇気」をもらったのだった。実際、私は土本監督ほど周囲から敬愛されている方を知らない。
いつしか私は、土本という人間を丸ごと掴む映画をつくりたいという気持ちを抱くようになっていった。そして、その作品と言葉を次世代に伝達していかねばならないと感じたのである。

監督の言葉 藤原敏史

土本典昭はドキュメンタリー映画の古典的なあるべき姿をもっとも見事に体現する。
その対象に忠実に寄り添おうとする謙虚さと、そこから生まれる圧倒的な映画的力強さが、皮肉なことに背後にいる映画作家土本の存在を時に見えづらいものにして来たほどだ。たとえば海外では「ツチモト」の名にピンと来なくとも『水俣 患者さんとその世界』と言われれば個々のシーンまで克明に思い出す映画人が多い、といった具合である。

『映画は生きものの記録である』はこの偉大な作品群の向こう側にいて必ずしもよく見えて来なかった土本典昭その人を見据え、記録しようとする映画だが、現代映画として土本典昭その人を撮る我々にとって、土本の古典的ドキュメンタリーの姿勢、その高貴なる純粋さが、すでにあり得ない映画作りになってしまってもいることも、また自覚せざるを得ない。

この映画で土本典昭が語る映画作りがドキュメンタリーの貴重な教科書であると同時に、その古典性を批評的に脱構築することからしか、現代のドキュメンタリーは始まらない。
『映画は生きものの記録である』はこの断絶を抱え込んだ映画であると同時に、その断絶それ自体についての映画でもある。